それでも、頑張るしかない

地獄でなぜ悪い フィクション

戦うしかない

明日は来てしまう。というか、もう今日だ。どんなに嫌でも、仕事と対峙するしかない。戦うしかない。今までやってきたように、今日も戦うしかない。嫌でも、逃げたら終わりだ。逃げると、もっと分が悪い戦いをしなくちゃならない可能性が高い。だから、功利主義的に考えても、ここは戦わないといけない。もっとも、本当に功利主義的に考えるのであれば、死がいいのかもしれない。しかし、うまく死ねる可能性が低いし、第一勇気がない。だから、現実的に、最も功利主義的な行動が、明日起きて、仕事をすることになる。奇妙な話だ。嫌でしょうがないことが、快をプラス不幸をマイナスに計算する功利主義において、正しい結論であるとは。世界の狂っぷりには、俺はどうもついていけない。

筋肉少女帯の歌の歌詞でもある。負けると知ってて立ち向かう。

俺は戦わないといけない。戦闘不能になるまでは、戦うということを自分に課してしまっている。さあ、ストレスで倒れるまで働くぞ。来い。俺は逃げも隠れもしない。仕事から目を逸らさない。来い。自分でも早く敗北したいが、それでも立ち向かう。いつかストレスで倒れて、仕事ができなくなり、退職するという、ハッピーエンドを目指して、俺は明日も戦う。来い。